特許調査ノート~技術の潮流を知財の視点で俯瞰する~|株式会社パトロ・インフオメーシヨン

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AIで加速する酵素・タンパク質開発と特許

1. 背景

近年、人工知能(AI)を酵素やタンパク質の設計に活用し、バイオテクノロジーの開発速度を高める動きが世界的に広がっています。

酵素や機能性タンパク質の開発は、従来の生化学的手法では膨大な時間と多額の費用が必要とされる点が大きな課題でしたが、現在、人工知能(AI)技術を融合させた革新的な設計アプローチが急速に進展しています。AIの導入により、これまで数年を要していた開発期間が数ヶ月単位に短縮されつつあり、バイオテクノロジー産業の競争環境を一変させる契機となっています[1]

象徴的な例として、消費財大手Unileverとタンパク質設計企業Arzedaの協業が挙げられ、両社は洗濯・洗浄製品向けの新規酵素を約18か月で開発し、これは従来比でおよそ5倍の速さとされています[2]。この酵素は低温でも洗浄力を発揮するとされ、配合成分数の削減や環境負荷の低減に寄与する可能性が示されています。背景には、深層学習による構造予測(AlphaFold)[3]やタンパク質のde novo設計が大きく進展したことがあり、2024年のノーベル化学賞がこの潮流を象徴しています[4]

 

2. 技術要素

タンパク質の立体構造予測は長年の難問とされてきましたが、DeepMind(Google傘下)の深層学習モデルAlphaFold2が2020年の構造予測コンテストで卓越した成績を示し、実質的な解決へと近づいたと評価されました[5] 。一方、ワシントン大学のDavid Baker率いる研究グループは、拡散モデルRFdiffusion[6]や配列設計ツールProteinMPNNを用い、自然界に存在しない新規タンパク質をゼロから設計する手法を確立しました。Meta(FAIR)もタンパク質言語モデルESM-2を公開しています[7] 。これらの成果は2024年のノーベル化学賞(Bakerに計算によるタンパク質設計、Hassabis・Jumperに構造予測)に結実しました。[4]

産業応用も加速しており、Profluentは大規模言語モデルで設計したゲノム編集酵素「OpenCRISPR-1」を公開し[8]、Generate:BiomedicinesはNovartisと大型の研究提携を結ぶなど[9]、ビジネス面でも動きが活発です。従来の「指向性進化」に対し、AIによる予測・生成を組み合わせるアプローチが台頭しているといえます。主な技術要素は次のように整理できると考えられます。

•      構造予測のための深層学習モデル(AlphaFold2、ESMFold等。自己注意機構やタンパク質言語モデルを利用)

•      de novo設計のための生成モデル(拡散モデルRFdiffusion、配列生成のタンパク質言語モデル等)

•      配列⇄構造設計(逆フォールディング):所与の骨格に適合する配列を設計するProteinMPNN等

•      機械学習で強化した酵素エンジニアリング・指向性進化(ベイズ最適化による変異体提案等)

•      分子動力学・物理ベースシミュレーションとAIの併用(Arzedaの物理+深層学習方式等)

•      学習データとしてのハイスループット実験データ、バイオインフォマティクスDB(PDB、UniProt等)

•      計算タンパク質設計プラットフォーム(Rosetta系、各社の独自基盤)

3. 特徴的な特許分類

AI駆動の酵素・タンパク質開発は、生命科学系と情報技術系が交差する複合領域です。主なものをサブグループレベルで示します。

C12N(微生物または酵素;その組成物;微生物の増殖,保存,維持;突然変異または遺伝子工学;培地)

•      C12N9/00:酵素一般(酵素そのものや酵素を含む組成物)

•      C12N15/00:変異または遺伝子工学(組換えDNA技術、変異導入等)

G16B(バイオインフォマティクス)

•      G16B5/00:システム生物学におけるモデリング・シミュレーションに特化したICT

•      G16B15/00:2D・3D分子構造の解析に特化したICT

•      G16B20/00:機能ゲノミクス・プロテオミクスに特化したICT

•      G16B30/00:核酸・アミノ酸の配列解析に特化したICT

•      G16B40/00:生物統計/機械学習・データマイニングに特化したICT(G16B40/20:教師ありデータ解析)

G06N(特定の計算モデルに基づく計算装置)

•      G06N3/00:生物学的モデルに基づく計算装置(G06N3/02:ニューラルネットワーク)

•      G06N20/00:機械学習

C07K(ペプチド)/G16C(計算化学・ケモインフォマティクス)

•      C07K1/00:ペプチドの一般的な調製方法(C07K14/00:20個を超えるアミノ酸を有するペプチド等)

•      G16C20/00:ケモインフォマティクス(G16C20/50:・分子設計,例.薬;(G16C20/70:機械学習・データマイニング・ケモメトリクス)[10]

実務上は、AI×タンパク質設計の発明は単一分類では捕捉しきれず、複数サブグループの組み合わせで検索する必要があるでしょう。

4. 特許出願動向と注目技術

WIPOの報告によれば、生成AI関連の発明は直近10年で大きく増加し、なかでも「分子・遺伝子・タンパク質」を扱う生成AI特許は2014年以降で1,494件、過去5年の年平均成長率は78%とされています。出願人の国・地域別では中国が最多で、米国・韓国・日本・インドが続くとされています[11]。以下、特徴的な特許公報3報を概説します。

(A) WO2021110730A1(DeepMind、AlphaFold関連)

AlphaFoldの中核技術に対応する出願です。複数配列アライメントから各アミノ酸ペアの埋め込みを生成し、自己注意層を繰り返し適用して立体構造を予測します。G16B15/20とG06N3系が併記され、AIと構造生物学の融合を体現しています。

(B) US10025900B2(Arzeda、計算による酵素設計)

所望の活性(リガンド結合、触媒活性、基質特異性等)を持つタンパク質を計算で設計・選抜・同定する自動化手法です。テンプレート構造から機能部位を記述し、計算設計と指向性進化等を組み合わせます。C12NとG16B15/00を併記します。

(C) WO2024136753A1(A*STAR、機械学習による酵素進化)

配列保存性解析で候補配列を選び、変異をシミュレートし、熱安定性・反応速度・触媒活性等を複数モデルで予測して最適配列を選抜します。G16B20/50(変異導入)に分類される直近の好例といえます。

上記3報を含む代表的な特許公報5報を、下表にまとめます。

特許番号/公開番号

発明の名称

出願人

公開日

Google Patents

WO2021110730A1

自己注意ニューラルネットワークを用いたアミノ酸配列からのタンパク質構造予測Protein structure prediction from amino acid sequences using self-attention neural networks

DeepMind Technologies Ltd

2021-06-10

リンク

US10025900B2

計算による酵素の同定・設計の自動化手法Automated method of computational enzyme identification and design

Arzeda Corporation

2018-07-17

リンク

WO2024136753A1

機械学習に基づく酵素進化Machine learning based enzyme evolution

Agency for Science, Technology and Research(A*STAR)

2024-06-27

リンク

US20230054552A1

モデルベース最適化によるタンパク質の最適化Optimizing Proteins Using Model Based Optimizations

Generate Biomedicines, Inc.

2023-02-23

リンク

WO2016199898A1

活性型変異酵素の製造方法および新規活性型変異酵素、並びに可溶性化変異タンパク質の製造方法

公立大学法人 富山県立大学

2016-12-15

リンク

 

日本勢では大学・公的研究機関が先行しており、東北大学・産業技術総合研究所・理化学研究所のグループはベイズ最適化と実験を組み合わせ、酵素の触媒機能を約5倍に向上させたと報告しています[12]。理化学研究所は深層学習・分子動力学・cryo-EMデータを組み合わせ、タンパク質の運動性を予測するAI手法を構築したと公表しています。企業では花王が長年にわたり洗剤用酵素を研究し、データベースやin silico技術を活用していると公表しています[13]。なお、富山県立大学のWO2016199898A1は配列保存性・構造ベースの合理的設計が中心で、明示的にAI・機械学習を用いるものではない点に留意が必要です[14]

5. 今後の展望と課題

AIを活用した高速なタンパク質・酵素開発は、従来の開発期間を数年から数ヶ月へと激変させ、産業用酵素やバイオ医薬品などの幅広い分野で破壊的イノベーションをもたらしつつあります[1]。しかし、開発プロセスの超高速化は知財管理における新たな課題を提起しています。計算機上で短期間に無数の配列候補を網羅的に生成できるようになるため、他者の先行特許と接触するリスクが著しく増大しているからです。

そのため、開発の早期段階から精緻な「特許調査」や「侵害予防調査」を実施することが重要となります。特に事業化を円滑に進めるための侵害予防調査においては、配列の類似性が低くとも立体構造や活性メカニズムが類似しているだけで侵害を問われるリスクがあるため、従来の単純な配列検索に留まらない、構造予測をも加味した多角的なアプローチが求められます。さらに、競合他社が包括的な先占特許を成立させている場合には、強力な「無効資料調査」を行うことで事業障壁を排除する戦略も不可欠となります。これからのバイオものづくりを成功させるには、高度なAI開発能力と、補完的な知財防御戦略の融合が極めて重要であると言えます。

制度面では、AIが設計したタンパク質・酵素について、発明者は誰か(現行制度では発明者は自然人に限られると解されています)、アルゴリズム自体が抽象的アイデアとして適格性を否定されないか、といった論点があります。クレーム戦略としては、基盤的手法を広く押さえるか、特定の配列・機能に絞るかの選択が、記載要件(実施可能要件・サポート要件)との関係で重要になります。日本の審査基準でも、機能で包括的に記載された遺伝子・タンパク質について当業者が過度の試行錯誤なく実施できるかが問われる旨が示されています[15]

さらに、学習に用いるデータや独自の実験データの権利関係(特許に加え営業秘密としての保護やライセンス条件)、工程ごとに多数の特許が積み重なる「特許の藪(パテントチケット)」への対応も論点となります。クロスライセンスやオープンソース+ライセンスのモデルも選択肢となり得ます。総じて、研究の自由度を確保しつつ事業リスクを管理するため、早期からの特許調査・出願戦略の設計が望まれると考えられます。


[1]ライフサイエンス・臨床医学分野~領域別動向編~ Ai創薬 - JST, https://www.jst.go.jp/crds/pdf/CRDS-FR-L/CRDS-FR-L105-202512.pdf

[2] Unilever and Arzeda Use AI to Develop Performance-Boosting Enzymes in Record Time for Unilever's Home Care Products(PR Newswire, 2023-05-31) https://www.prnewswire.com/news-releases/unilever-and-arzeda-use-ai-to-develop-performance-boosting-enzymes-in-record-time-for-unilevers-home-care-products-301838589.html

[3] AlphaFold: a solution to a 50-year-old grand challenge in biology(DeepMind)/Jumper et al., Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold, Nature 596, 583–589 (2021) https://www.nature.com/articles/s41586-021-03819-2

[4] The Nobel Prize in Chemistry 2024(NobelPrize.org) https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2024/summary/

[5] Method of the Year 2021: Protein structure prediction(Nature Methods) https://www.nature.com/articles/s41592-021-01380-4

[6] Watson et al., De novo design of protein structure and function with RFdiffusion, Nature 620, 1089–1100 (2023) https://www.nature.com/articles/s41586-023-06415-8

[7] Lin et al., Evolutionary-scale prediction of atomic-level protein structure with a language model, Science 379 (2023) https://www.science.org/doi/10.1126/science.ade2574

[8] Profluent, Profluent Open-Sources First AI-Generated, Editable Gene Editor: OpenCRISPR-1(Business Wire, 2024-04-22) https://www.businesswire.com/news/home/20240422305849/en/

[9] Generate:Biomedicines and Novartis Announce Multi-Target Research Collaboration(2024-09-24) https://www.businesswire.com/news/home/20240924983300/en/

[10] CPC Definition - G16C COMPUTATIONAL CHEMISTRY; CHEMOINFORMATICS(USPTO) https://www.uspto.gov/web/patents/classification/cpc/html/defG16C.html

[11] WIPO Patent Landscape Report on Generative AI(2024)/China-Based Inventors Filing Most GenAI Patents, WIPO Data Shows https://www.wipo.int/pressroom/en/articles/2024/article_0009.html

[12] 人工知能で酵素を自動設計(東北大学 工学研究科・工学部 ニュース, 2021-12-02)/Saito et al., ACS Catalysis 11, 14615–14624 (2021) https://www.eng.tohoku.ac.jp/news/detail-,-id,2033.html

[13] 花王 |「人と地球と社会のKIREI」に貢献する産業用酵素研究 https://www.kao.com/jp/innovation/research-development/fundamental/biological-science/enzyme/

[14] WO2016199898A1 - 活性型変異酵素の製造方法および新規活性型変異酵素、並びに可溶性化変異タンパク質の製造方法(Google Patents) https://patents.google.com/patent/WO2016199898A1/ja

[15] 特許・実用新案審査ハンドブック 附属書B 第2章 生物関連発明(特許庁) https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/document/index/app_b2.pdf


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